夜、弟がわたしが飛び降り自殺しようとしているのを聞いて、彼も真似しようとする。まだほんの小さな子供だ。羽交い締めで止める。ベランダが続いているリビングでは父親が帰宅して家族の団欒。煮魚の匂い。わたしはそんなことしている場合かと叫ぶ。目が血走っているのがわかる。こんな風に芝居でも睨めればいいのに。
あの人はいつもクラスの一番左端の席で音楽を聴いている。それはわたしの父親でもある(先ほどとは別人だ)。今日は水曜日で不動産屋で働くわたしは休日だ。弟は母親にべったりしている。彼にわたしはヴョルン・アンドセレンの出てくる映画は全部観ました、おすすめの映画はありますかと訊ねる。それは媚びを大いに含んでいる。
彼は僕はあまり映画は観なくて音楽を聴きますと答える。DVDですか、それならわたしもよく観ていますと言うと、僕はビデオを観るんだよと言う。ビデオかあ、実家にビデオデッキがあるかもしれないと言うと、彼は声を顰めて使わなくても聴く方法があると言う。最後の方は口を動かすだけになっている。机の上に眉墨が置いてある。たしかに彼は濃く眉毛を書いている。
彼はイヤホンを貸してくれる。音楽が流れる。なにかのライブだ。歌詞はなく曲は短く、最後に男が物販があることを告げる声まで録画されている。わたしの好みではない。彼に昔のライブはこんなところまで録音されているんですねと答える。彼は満足そうな顔をする。
突然彼の席の真横の扉が開いて、着飾った女たちがなだれ込んでくる。宝塚の客だ。わたしはどんなに美しくしていても振る舞いが美しくなければ、と彼女たちに聞こえるように言う。
彼のことが好きになる。二十歳ほども年齢が離れているのに。彼の弛んだ腹を想像する。好きな人ができたとツイートしようか考えて、やめる。