恋人は実は生きていた。
妹さんと三人で定食屋さんでご飯を食べる。
そこで腕をむき出しにした色の黒い男に話しかけられる。わたしは内心は嫌だが愛想がいいので、話を合わせている。でも会話に出てくる地名がわからない。途中から食堂のおばあちゃんが助け船を出してくる。どうやら、彼はおばあちゃんの出身地の近くの島で、漁業をやっている人だそうだ。だからそんなに腕に筋肉がついているんですね、とわたしは褒める。
食堂はもう店じまいの時間らしい。おばあちゃんは机の上に椅子をあげるのを、縁起が悪いと嫌うらしいので、三人で机と椅子を端に固めておく。
男はまだ一人でご飯を食べ続けている。男の席、ステンレス製の机を台ふきで拭いていると、男に「お前はここで働くなら時給二十数円だな」と軽口を叩かれる。わたしは「ここでご飯を食べるには丸二日、二十四時間働かなくてはいけないんですか」とさも親しげな媚態を使って答える(実はとても傷ついている)
定食屋の帰り道、恋人の家に行こうということになる。どうやら今は実家を出て、一人暮らしをしているらしい。「いや、でも、ちょっと」と恋人は渋る。「それじゃあ、私の部屋に来たという体にしたらいいじゃない」「でも学生が住んではいけないという規則のマンションに嘘をついて住んでいるから」「そんなの大丈夫だよ、わたしとお兄ちゃんは30を過ぎているし、さらちゃんだってアラサーだよ」などと二人が会話しているのが聞こえる。
話の内容から、恋人は、実は新しい彼女ができていて、一緒に住んでいる。彼女は直(なお)さんという人だということがわかる。恋人の本名は××××から泉になっている。山猫マンション(ハイツ?)泉・直と書かれたA4の茶色い封筒を見つける。移動中になぜかマンションの階段を降りていく途中で、二人の住んである部屋の前を通る。そこの表札にも泉・直と書いてある。(部屋番号の下にある小さな表札でなく、ドア部分に二人の名前の印刷された透明なプレートが貼られている。建築事務所かなにかのようだ、と思う)マンションはコンクリートで固められていて、日が当たらずひんやりとしている。
わたしは、妹さんと二人で並んで歩く。
「××××は新しい恋人ができたんですね」と努めて明るく訊ねると、妹さんは「そうなの」と答える。新しい彼女は車の運転が得意で、二人でよくドライブに行くらしい。そして、彼女は恋人と同じ大学院に通っており、世界史に詳しく、外国語が話せる。彼女は恋人に来年から留学をするよう勧めていて、恋人自身もその準備をしているらしい。(恋人は修士の二回生だ)
いつから付き合っていたのだろう、と思うが、聞くことができない。
わたしは、なんにもできない、頭が悪くて、なにもできない、だからだめだったんです、わたしは新しく人を好きになろうとするのに、全然できない、というようなことを口にする。泣こうとするが涙が出ない、泣いているような声だけ出る。(この瞬間、涙を流したいのに流せない、と思う。わたしはどこまでも演技的だ)
側には誰もいない公園がある。日は暖かくうららかな天気だ。恋人はずっと先に行ってしまったのか、後から付いてきているのか、姿が見えない。
(起きた瞬間、死んでてよかった!と思う)