夢日記

夢がないのにユメちゃん、未来がないのにミラちゃん

ハッピーバースデーの歌、届かない手紙の夢

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木には白い花と一緒に大きな松ぼっくりがついている。雪のように一面を白く染める。わたしは昨日ここで白いリュックサックを無くした気がするのだけど見つからない。鳩がものを食べている。近くからハッピーバースデーの歌が聞こえる。子供ではなく大人の声だ。終わったら、落ち着いた女性の食前の祈りが始まる。

 

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わたしたちの寄宿舎では、届いた手紙は集められ、朝礼の後にまとめて配られる。わたしの机に、茶色い封筒が置かれて、戒められる。「好きな人に届くべき」とはなんですか? わたしは宛先にそう書いていた。そしてこれは好きな人に届くべきだが、自分に転送されるのが相応しい内容です、と述べる。先生は呆れている。

 

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今日の美術の授業では、肖像画を描かないといけないのに、若いときの母親の写真を忘れてしまった。わたしが幼いときの写真ばかり手元にある。カメラに向かって撮って撮ってと動き回る子供だったんですよ、という母の声がブース越しに聞こえる(ここでは生活する場所と寝る場所がすこぶる小さい枠で囲まれている、地面には火を使う虫除け、夏には南京虫は出るのだろうか)部屋の隅に押し込まれたアンジェリックプリティのギンガムチェックのスカートを拾い上げる。美術の教室で座っていると、白無垢を着た先生が入ってくる。わたしは口に入れていたものをいちご柄のハンカチに吐き出す。白かったそれは、茶色く染まっている。

 

「かみさまがいるもの」

あんたの家は愛真教っていう変な宗教を信じてた。

教祖はフォーチュンラブ様という全身ピンクの服着たデブのおばさんで、誰がそんなん信じるん? と思ったけどなんでかこんな片田舎にも、愛の家(ラブハウスって呼ばれてた)という宗教施設があって、ちょろちょろ人が出入りしてた。老若男女みんな薄ピンクの服着てた。白いシャツと赤いハンカチ洗ったときに、白いシャツがちょっと染まっちゃったような、そんな色。なんか聞いたところやと、教祖はどぎついピンクで、幹部は普通のピンクで、ただの信者はほんのりピンクの服を着るとのことだった。あほくさ。

 

あんたが引っ越してきたとき、クラス全員がびっくりした。

頭から爪先まで全身ピンクの女の子が教壇に立ってたから。名前を書いてと先生に促されたら、ピンクのチョークででっかく「桃井愛」って書いた。

ええっ、まじか、白じゃなくピンクでっておののいたし、その名前、漫画の主人公やん。

あんたは髪の毛こそ黒だったけど、ヘアピンもブラウスもスカートも靴下も上履きも全部ピンクだったし、そのピンクのチョークを握りしめた爪にもピンクのマニキュアが塗られてた。さっき言ったほんのりピンクじゃなくて普通の人がピンクって言われたらまあ想像するような、クーピーの中のピンク色みたいな、はっきりしたピンク。だからとにかくめちゃくちゃ目立った。

お調子者のフジタクが手を上げて、

「桃井さんはなんで全身ピンクなんですかー?」

って、質問した。

そしたらあんたは言い切った。

「かみさまがいるもの」

 

あんたは給食を食べなかった。

代わりによくわからないピンクのウィダーインゼリーみたいなのを飲んでた。

「なにそれ?」

って、聞いたら、

「ラブエナジーフードドリンク」

って、返された。

「なんなんそれ?」

って、聞いたら、飲み終わったパッケージをよこしてきた。それ一パックで人間が一日に必要なすべての栄養と愛が摂取できるらしい。

「ほんまに?」

「ほんまに」

その目は特別濁ってるわけでも透き通ってるわけでもなく、今日の給食カレーらしいよ、そうなん、という会話をしてるときみたいな、完全に当たり前の話をしているときの目だった。

 

あんたのお母さんが「ピンク」で働いてることはみんな知ってた。

あんたと同じ全身ピンクの服装でピンクに行くからバレバレだった。ピンクっていうのは、わたしたちの町からすこし温泉の方に向かった風俗街。かつては「桃色新地」って言われてたらしいけど、今ではもうみんな短くピンクって呼んでた。

「あんたの母さんピンクの服でピンクに行くんやな」

って、ヤマケンがはやしたてた。

あんたは口から上の筋肉を一ミリも動かさずに、

「かみさまがいるもの」

と、言った。

「かみさまはいろんな男とズッコンバッコンしてもいいって言うてるん?」

と、ヤマケンがあおった。取り巻きの男子が腰を振っておどけた。

「お母さんは愛を売ってる、かみさまはそれを祝福される、なにが悪いの」

わたしたちはあんたが単語じゃなく文章でしゃべるのを初めて聞いたから、みんなぽかんとして、その場は妙にしんとなっておしまいになった。

 

あんたがあんまりにもかみさまかみさま言うから、わたしは愛真教にちょっと興味を持った。

愛真教のホームページはスマホで検索したらすぐに出てきた。そこには通信販売のコーナーがあって、ラブペンダントやらラブステッカーやらラブウォーターやら胡散臭いものがあったけど、すべてのデザインがピンクで統一されてて目がちかちかした。

それで、例のラブエナジーフードドリンク、一パック七千円だった。一箱じゃなく一パック。週に五日、ざっくり二十日学校があるのだとしたら、あんたはひとりで十四万円分のラブエナジーフードドリンクを飲んでることになるという計算。お母さんも飲むんやとしたらその倍? いや、土日もあるし、とにかく、あんたの家は食事だけで月に三十万円くらい使ってるのがわかった。愛真教を信じるのはめちゃくちゃお金がかかるっぽい。

教義ってところを押したら、あのピンクづくめのデブのおばさんの写真の下に「愛は世界を救う」って書いてあった。あほくさ。「金はブタを救う」の間違いやろって思った。

 

あんたのお母さん、逮捕されちゃった。

夕ご飯の前、適当にテレビをつけてたら、見たことある景色が流れた。ピンクだった。

ここらに住んでる人はみんな知ってるけど、ピンク一帯はいやらしい店じゃなく、表向きには「料亭」として営業してた。そこの従業員とお客さんが一目惚れしあって、自由恋愛としてセックスしちゃう、そういうめちゃくちゃなシステムで成り立ってた。警察は基本的に目をつぶってたし、大人たちはヒツヨーアクだって言ってた。でも、数年に一度、見せつけみたいに摘発があった。

画面にはあんたのお母さんがばっちり映ってた。売春禁止法違反 岩下千尋 三十五歳 ってあんたに生き写しみたいな顔した全身ピンクの女が、両手に手錠をかけられて、そこにモザイクがかかってて、両脇を警察官で挟まれて歩いてた。あんたのお母さん、実際は従業員やなくて経営者やったらしい。それにしても桃井って嘘の名字だったのかよ。本当は岩下って言うのかよ。

 

あんたはそれでも翌日学校に来た。

お前の母さん捕まってるやん、ハンザイシャの子供やん、桃井じゃなくて岩下やん、岩下でピンクって新生姜やん、あんたの机を囲んでみんなが好き勝手わあわあまくしたてた。

でも、あんたは一言こう言った。

「かみさまがいるもの」

「かみさまなんておらんよ、かみさまなんかおったら摘発されるわけないやん」

タムラが言った。こいつは普段テストで五点とか取るあほだけど、今回はちょっと冴えてた。

「お母さんは生贄にささげられた、かみさまはそれを祝福される、なにが悪いの」

あんたはまた口だけ動かして、一息にしゃべった。

「いけにえってなんなん」

タムラはやっぱりあほだったから、「摘発」は知ってても「生贄」の意味は知らなかった。あんたはそれっきり口を聞かなかった。わたしは人間が生贄になるなんて、そんなのグロテスクでおかしくない? ってふつふつ怒りがわいた。でもあんたをもっと責めるような気持ちにはなれなくて、口には出すのは堪えた。

だって、わたしがあんただったら、こんなことぜったい耐えられないと思ったから。

 

あんたは四時間目まできっちり授業を受けた。

ホームルームが終わったら、教科書をまとめてピンクのランドセルに入れて、つかつかと廊下を歩いていった。わたしはそれを追いかけた。あんたは靴箱からピンクのスニーカーを出して、おもむろにそれをひっくり返した。一個や二個じゃなくて一箱ぶんくらいある画鋲がばーっと落ちてきた。金色がちらちら光って不謹慎だけどちょっときれいだった。あんたはさらにそれを軽く振って、中身をからっぽにしてから、ピンクの上履きを脱いだ。帰る。今やと思った。

「あんた、ちょっと話さん?」

と、わたしは言った。

「ええよ」

と、そっけない言葉が返ってきた。わたしたちは校庭にある鉄棒のところに行った。そこはグラウンドの一番奥で、放課後に鉄棒の練習なんてするやつはいないから、ちょうどよかった。

 

「あんたなんで全身ピンクなん?」

「あんたなんでピンクのゼリー飲んでるん?」

「あんたのお母さんなんでピンクで働いてるん?」

「あんたなんで名字もピンクにしてたん?」

そこまで言うつもりはなかったのに、わたしはマシンガンみたいにいままで思ってたこと全部しゃべった。あんたはなんにも答えなかった。代わりにしゃがみこんで、そこに落ちてた枝で地面に、

「かみさまがいるもの」

って、書いた。

またか。いっつもそれ。むかむかした。あんたひとりのことすら幸せにできないかみさまをなんで信じてるん、気づいてるんやろ? わたしはあんたから枝をひっつかんで、その文字から、か、み、さ、るを斜め線で消して、

「   まがい もの」

にしてやった。わたしはこういう言葉遊びが得意だったし、このセリフは耳にタコができるくらい聞いてたから、意地悪はすぐできた。

それでもあんたはなんにも言わない。わたしはあんたは脳みそからっぽのふりしてるんやって思った。あんなに難しい言葉つらつらしゃべれるくせにかみさまのせいで思考停止してるんやって思った。

かみさまのせいで全身ピンクに染められて、学校中で孤立して、給食も食べられなくて、お母さん逮捕されて、偽名まで使わされて。

「愛真教がなんなん? フォーチュンラブ様がなんなん? そんなん信じるくらいならわたしがあんたのかみさまに、違う、かみさまなんていない、しょうもないから、わたしがあんたの偽物のかみさまになってあげる」

って、叫んだ。

 

あんた、そしたら泣いた。

いままでどんなにひどいことされても言われても顔色ひとつ変えなかったあんたが、顔をくしゃくしゃにしてぽろぽろ涙を流した。それは頬をつたってあんたのスカートにぼとぼと落ちてピンクをより濃いピンクに変えた。

あんたはわたしを見て、

「ありがとう」

と、言った。それがなんだか無性にむかついて、

「偽物のさらに偽物に感謝してどないするん、このあほんだら」

って、もう一回叫んだ。

あのときわたしは、すごくすごくすごく正気だった。あんたは泣いて泣いて泣いた。

しゃくりあげながら、桃井って名字は嘘だけど、愛はほんとの名前ってちいさく呟いたから、わたしはあんたのこと、愛って呼んだ。

 

 

 

Nちゃんの夢

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学校。みんなで三角座りをしている。前にいるNちゃんがわたしの気になるAくんといちゃいちゃして、キスをしている。Aくんの肌はNちゃんより白い。わたしは隣にいたBちゃんに、わたし昔、Nちゃんとすごく仲が良かったから複雑な気分、と告げる。Nちゃんとは本当に仲が良かった。ふたりで架空のお話を作るほどに。お泊まり会をするほどに。母親同士も仲が良かったけれど、Nちゃんは小学六年生のとき、わたしから離れて、他の女の子のグループに入る。Nちゃんは中学から髪をショートカットにしてブラスバンドを始める。わたしとNちゃんは違う中学に進んだから、疎遠になってしまった。本当に仲が良かったの、と言いながら、わたしはBとCに抹茶ラテを作る。お湯を入れすぎたかも、牛乳が切れていた、と二人に謝る。ふと、わたしのこういうところが、Nちゃんに好かれなくなった原因なのだ、と思う。

深夜のコンビニの夢

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深夜のコンビニに向かう。中には演劇の先輩たちがたくさんいる。
Iさんが「あった、これみんな細いストローで飲んでいるんだよ、元気になるって」と小さな瓶に入った水銀の液体を手にする。わたしは「なんてものを、死んでしまいますよ」と咎める。彼はそれを買うつもりだ。
女の先輩たちは太ってしまうからと冷凍コーナーでアイスクリームを買うか迷っている。わたしはチョコパイのアイスを迷わずレジへ持って行く。そうしてみんなを置いて電動スクーターで家へと帰る。

電話を盗聴する夢

0505
WILLCOMから電話番号を引き出す。恋人(とロリコンお兄さんはここでは一体になっている)とその友人のKとの電話を盗聴する。恋人には親密な女性がいるらしく、Kは次のデートの予定はこぎつけたのか、と煽る。恋人は沈黙する。なんの沈黙がわからない。

わたしはなぜ恋人と付き合っていないのだろう、たしか彼は死んだはずでは、お兄さんはわたしとふたたび会ってくれるだろうか、見た目がこんなに変わっていても、と考える。

電話が切れる。夏の雑魚寝。弟の充電器とわたしの大人のおもちゃのコードが絡まっている。静かに解くがスイッチがオンになりけたたましく鳴る。わたしは電池を抜きながら、悪夢を見たの、と彼に告げる。

未来を変えない夢

僕はクラスの男の子にいじめられていると言うA。部屋中のボードゲーム。でも君にはゲームがあるよ、君は将来ゲームを作る人になるんだとわたしは言う。でも彼は、まもなくB君に負けてしまうと言う。わたしは未来から来た、Aは著名なプログラマーとなる、わたしはAにキスしようか迷う、そうすれば今の彼は救われるが、彼の未来は変わってしまう。


中にバニラアイスが入ったソーダ味のアイスキャンディーが溶けかけている。Cと分け合って食べる。Dの瞳が青くなっている。Dは弱視の代わりにこのようなことができるのだという。彼は何色の目になって欲しいかとわたしに問うので、オッドアイになって欲しいと言う。彼の後ろには大人になったAがいる。よかった。上手くいった。

幻覚剤の夢

幻覚剤を売って日銭を稼ぐ男。小さな銀紙を口に含むと銀河と猫が見えて束の間幸福になれる。

花見をしている集団。老人を中心に豪勢に肉を焼いている。老人が何時までここにいるのかと問うので、この辺りを散歩している、またここに戻ってくると答える。すると十八時に××が一階に入ったビルにおいでと言う。その瞬間、彼のことをお兄さんと呼んでいたのに、おじいちゃんと呼んでしまう。見た目によらずとんだ成金だ。まあ、貴重品と銀紙をすり替えてしまおうと思う。

母を亡くして進学費用がない少女、肩まである黒髪を頭の形がよく見えるように梳いてある。平成の髪型だ。そしてあまりにも顔が整っている。風俗しようかな、と、泣きながら大きなベッドに座ったわたしを覗き込む。わたしは風俗嬢から成り上がり、キャバレーとソープランドを経営している。やめておきな、お金はわたしが出すから、死んだお母さんが悲しむよ、と言う。

場面は変わって公園。幻覚剤で猫を見ている気味の悪い集団。少女は男に、あれが欲しいの、と言う。男は泣きながら彼女の息ができなくなるくらい、幻覚剤を口の中に押し込む。いつしか銀紙はトランプとなっている。トランプにまみれた少女は手書きのカラフルな猫の幻覚を見ながら、薬の過剰摂取により死ぬ。